僕の背後でパキリ、と嫌な音が聞こえた次の瞬間、炎で屋内の柱が倒壊してきた。女の子を守るように自らの体の内側にギュッと抱きしめ、瞼を閉じたが柱が倒れてくることはなく、頭上に何か重みを感じ取り、恐る恐る目を開くと… 『ふん、ウサギのくせになかなか根性座ってるじゃねぇか。』 「サタン…?」 僕の頭の上に乗っていたのは先ほど僕が呼び出してしまったという、憤怒の悪魔、サタンだった。彼は小さな右手を挙げているが目を瞑っていたあの一瞬で一体何があったのか、そう思い柱のあった方向を見れば柱一本分であろう灰が床一面に広がっている。 「え…?これ…さっきの柱…?」 『ほう。そのくらいは理解できるか。…詳しくは後だ。目ぇかっ開げて見てやがれ!!』 ――消炎煉獄!! 彼はそう言うと右手をギュッと握りその手が輝いた次の瞬間、信じられない光景が僕の目に飛び込んできた。そう、彼が右手を握った瞬間辺り一面炎の渦に囲まれていたのにも関わらず、その全てが掻き消されてしまった。 「え、えぇえっ!!?」 僕が驚愕の声を挙げていると消防車のサイレンの音が聞こえ、水が家全体に掛けられる音がした。僕と女の子の居る部屋の炎は一瞬で搔き消えたものの、一階部分はまだ炎が収まりきっていないため消火活動が開始されたんだ。 『オイ、ウサギ。』 「えっ!?あっ、ウサギって僕!?」 サタンは僕の事をウサギと呼び、ギロリと睨みつけてきた。僕は咄嗟のことでビクつきながら返事をする。 『炎は弱めてやった。じきに消防隊のニンゲンが突入してくるだろう。その時テメェは“奇跡的にまだ燃え広がってなかった”と答えておけ、いいな。』 「あ…う、うん…!」 僕がそう返事をするや否や、彼は一度姿を消してしまった。…本当に、彼は人間世界の生き物じゃないんだろうということを僕は理解する。数分もしない内に一階の炎の勢いは徐々に弱まったため、女の子の口は渡したハンカチで塞いでおいてもらい、僕自身も自分の服の袖で煙を吸わないよう気を付けながら彼女を抱え、外へと逃げ出した。 「っ!中に人影が!!」 「オイみんな!!中から男の子が!!女の子も無事だぞ!!」 外へ出た僕たちは消防隊員さんたちに無事に保護され、女の子のお母さんらしき女性が駆け寄ってきてくれた。女の子も女性の方に手を伸ばし、僕は彼女をそっと地面へ下ろす。 「ミキちゃん!!あぁ、ミキちゃん…!!無事で良かった…!本当に良かった…!」 「ママ、あのお兄ちゃんが助けてくれたんだよ!」 女性は僕に向かって瞳から涙をこぼしながら何度もお礼を言ってくれる。 「本当に、娘を助けていただきありがとうございます!!…なんとお礼を言えばいいのか…!!」 「い、いえいえ!!僕も、気付いたら勝手に飛び込んでただけで…!」 僕がそう言いかけると消防隊員の若い男性が僕に向かって物凄い剣幕で怒鳴ってくる。 「勝手に飛び込んだだと!?なんて危ない真似をしたんだ!!」 「ひっ!?」 僕がびくりと体を震わせて目を閉じると彼は深いため息をついてからこう言葉を続けた。 「君もあの子も無事だったから良かったものの、本来なら絶対にやっちゃいけないことだ!火災のプロでもない人間が飛び込むなんて無謀以外の何物でもない!」 「…すみませんでした。…それでも……到着までにあの子を放っておけなかったんです…」 「………命を大切にしろ。」 僕がそう答えるとしばらくの間があり、消防隊員の男性はそう言ってくれた。 ―――陽太が炎に包まれる家屋から脱出中の同刻、姿を消したはずのサタンはとある裏路地へと移動していた。 「火ヒヒ…」 不気味な笑い方をし人気のない住宅でガソリンを巻き、火をつけようとしている不審人物の男が居た。 そう、この男こそが先ほど陽太の助けに入った家を燃やした現在逃走中の連続放火魔の男であった。男がライターに火をつけようとしたその瞬間だった。 ライターを持っている男の右腕が一瞬にして灰になった。 「うっ、うわぁあぁ!!?」 『クソニンゲンが……!ニンゲン風情の下等動物がよくも炎を弄ぼうとしたな…』 男は恐怖に言葉も発することが出来なくなった。…そう、そこに居るのは一見可愛らしい黒猫のような姿をした不思議な生き物。しかしその生き物は男を恐怖のどん底へと叩き落すには十分な殺気を放っていた。 一般の人間であれば…いや、犯罪者や修羅場を掻い潜ってきたであろう人間であろうともハッキリと目の前に存在するこの生き物に自分は成すすべもなく殺されるであろうという明確な恐怖を細胞という細胞が感じ取ったのだ。 『俺の炎で右腕を失った程度で悲鳴を上げる、炎に敬意を払えぬ貴様のような下等動物に炎を扱う資格はない。』 「頼む!!命だけは…命だけは!!」 男はサタンに対し命乞いをする。するとサタンは男を一瞥し、こう答えた。 『はっ。コイツはお笑い種だな!自分の欲求を満たすためにそれで何人のニンゲンを無慈悲に殺してきた?そいつらは当たり前に来る明日を信じて生きていたはずだが、それを奪ってきたお前にそれを言う権利があるとでも?』 「そっ、それは…!!」 『くくっ…ぶはは! 安心しろ。貴様を殺しはしない。 しかし……貴様のような炎を舐めてやがるカス野郎にはそれ相応の罰を与えてやる。』 「なっ…!?ぎゃああああああああああっ!!?」 サタンはそう言い、とある炎の魔法を放った。その炎は男の体全身に火傷を作り上げる。 『その炎は貴様の体を蝕み続けその炎により生涯体を焼かれ続ける。 魔力を持っていない人間が見た程度では貴様の体に張り付いた炎を視認することすら出来ないが自然治癒により治ったかと思えばすぐにまた新しく出来上がる火傷痕を誰にも治してもらうことも出来ない。過去火傷した者は思い込みによって何もないところで火傷することもあるが、俺の魔法の場合はまた別の呼ばれ方をする…人間界ではこれを“怪異現象”と呼ぶようだな。』 「ぐああああああああっ!!!やめてくれぇ…!!やめてくれぇえ…!!いっそ殺して…!!」 男が悲鳴を上げ続けていてもサタンは何も動じることなく、話を続ける。 『仮に精神が先にダメになって命を絶って死んだとしても今度は地獄で焼かれ続けるんだ。 今生では一生、死したとしても今度は永遠に地獄の業火により魂を焼かれ続ける、救いのない呪いだ。 命乞いなんて無様な真似をしなければまだ楽に死ねただろうが…… 諦めるんだな。 これが貴様の選んだ運命だ。』 そう告げるサタンの姿は猫のような姿をしているが人間を地獄に叩き落し、その魂を弄び嘲笑う悪魔そのものであった…… 続 ・
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